今回は先週逮捕報道があった退職代行サービス「モームリ」の運営会社が直面していると報じられている「弁護士法違反(いわゆる非弁行為)事件」の概要と、企業・個人が押さえておくべきポイントについて、法律専門家ではない方にも分かりやすく解説いたします。
1.事件の概要
まず、報道されている事実関係を整理します。
2025年10月22日、警視庁は「モームリ」を運営する会社および関連先などに対して、弁護士法違反の疑い(非弁行為)で家宅捜索を実施した、という報道がありました。
具体的には次のような疑いが指摘されています。
- 「モームリ」を運営している会社(報道では東京都品川区の「アルバトロス」という会社とされています)が、弁護士資格を有していないにもかかわらず、退職を希望する利用者を、提携先とされる弁護士に紹介して報酬を受け取っていた疑いが持たれている。
- また、退職代行サービスの実態として、勤務先とのやり取りや交渉を代行していた可能性が報じられています。
- 報道によると、同社の累積の退職代行件数は4万件以上とも言われており、利用実績が相当数あったとされます。
つまり、退職代行という比較的新しいサービス領域において、「法律的な争い(勤め先との交渉など)を、弁護士資格を持たない業者が、報酬を得て紹介・代行していたのではないか」という疑いが問題になっています。
2.なぜ弁護士法違反(非弁行為)になるのか
この事件が問題としている「非弁行為」とは何か、なぜ禁止されているのかを整理します。
(1) 非弁行為とは
「非弁行為」とは、簡単に言うと、弁護士資格を持たない者が、法律相談・代理・和解・交渉など法律事件を扱って、報酬を得ることを指します。
法律上は、弁護士法72条で次のように定められています
弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求・再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して、鑑定、代理、仲裁又は和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。
つまり、弁護士でない者が「法律トラブル(法律事件)」を「報酬目的」で扱うこと、あるいはその「紹介(周旋)」を「業(=継続的・職業的に)」として行うことが禁止されているわけです。
(2) 要件を分解してみる
もう少し噛み砕いて、非弁行為とされるための典型的な要件を整理しておきましょう。
- 弁護士または弁護士法人でない者であること
- 報酬を得る目的があること(必ずしも金銭だけに限らず、物の提供・接待等も含まれます)
- 訴訟、非訟事件、審査請求など「法律事件」に関すること
- 鑑定・代理・仲裁・和解その他「法律事務」を取り扱うこと、またはこれらの「周旋(紹介)」を業として行うこと。法律相談も含まれます。
- 法律によって例外的に認められているもの(例えば、司法書士、行政書士が一定範囲で行うもの)ではないこと
このような行為があれば、弁護士法に違反する、ということになります。違反した場合の罰則としては、2年以下の懲役または300万円以下の罰金が設けられています。
(3) なぜこの規制があるのか
このような規制があるのは、法律事件というものは権利・義務・責任など高度な専門性を伴い、誤った処理が当事者に著しい不利益をもたらすリスクがあるためです。資格制のもとに専門家(弁護士)が適切に対応すべきという考え方があります。
もし弁護士資格を持たない業者が法律事件を取り扱い、報酬を得ていたとすると、依頼者の権利義務が適切に守られない、または法律秩序そのものが損なわれる可能性があると考えられています。
例えば、交渉の中で「退職の時期」や「退職金・解決金」の有無・額などに関わる法的な論点が含まれていたとき、適切な専門的アドバイスなしに進められると、利用者が損をするケースも想定されます。
3.「モームリ」事件と非弁行為の関係性
では、今回の「モームリ」事件の報道内容と、上記の非弁行為の構成要件を照らし合わせて、その関係性を整理します。
(1) どのあたりが疑いとして指摘されているか
報道によると、モームリ運営会社は以下のような行為を行っていた可能性があります。
- 退職を希望する顧客を弁護士に紹介し、その紹介料・報酬を得ていた。
- 退職代行サービスとして、勤務先とのやり取りを代行・交渉していた可能性がある(例えば「退職の意思を勤務先に伝える」あるいは「勤務先担当者との調整を代理して行う」など)と報じられている。
- 利用者数が多数で、反復・継続的な業務形態だったとされており、いわゆる「業として」行っていたという面が強調されている。
(2) 非弁行為の構成要件との照合
先に挙げた非弁行為の要件と比較すると、次のような点で疑いが立つ、という整理ができます。
- 「弁護士でない者」:モームリ運営会社が弁護士資格を有していない点が指摘されています。
- 「報酬を得る目的」:紹介料・報酬を弁護士から受け取っていた可能性が報じられています。
- 「法律事件」に関するもの:退職代行という業務の中には、「勤務先との交渉」や「退職意思の伝達・調整」といった労務・契約・権利義務に関わる法的論点が含まれる可能性があります。
- 「法律事務の取り扱いまたはその周旋」:紹介(周旋)行為があったという疑い、また代行による交渉等の「法律事務」の側面も疑われています。
- 「業として」反復継続的にサービス提供していた:累積4万件以上という数字も報じられており、単発ではなく継続的な事業として行われていた可能性が高いです。
このように、報道されている限りでは、非弁行為に該当する要件を相当に満たす疑いがある、というのが法律専門家の視点からの整理です。
報道段階であり、まだ確定した判決等が出ているわけではありませんので、あくまでも可能性です。断定しているわけではありません。
(3) 特に「退職代行」というサービスとの関係での留意点
退職代行サービスという業界は近年急速に拡大しており、特に若年層を中心に「自分で言いづらいので代行を頼む」というニーズがあります。報道によると、1年間に転職した人のうち16.6%がこの手のサービスを利用していたという調査もあります。
このような背景にあって、退職代行というサービスが「どこまで法律事務・交渉代理に当たるのか」「弁護士資格を有しない業者が代行・交渉を行って良いのか」という点が、今まさに議論されているわけです。
たとえば、勤務先への退職意思の伝達のみを代行する、という範囲であれば「法律事務」というほどの交渉・代理・和解等を含まない場合もありますが、「勤務先と解決金・制度交渉・予備的紛争」を含む代行であれば、法律事務に当たる可能性が高くなります。
専門家の中でも「退職代行サービスの落とし穴」として指摘されており、今回のモームリ事件もその典型例として注目されています。
4.企業・サービス提供者・利用者それぞれの視点からのポイント
ここからは、私の中小企業診断士としての視点も交えて、関係者それぞれが押さえておくべきポイントを整理します。
(1) サービス提供者(退職代行業者等)の視点
弁護士資格の無い者が法律事務を扱って良いか?
弁護士資格を持たない場合、法律事件(例:解雇・退職交渉・解決金交渉・勤務先との示談)に関して、代理・交渉・和解の処理を「業として」「報酬目的」で行うことは、弁護士法72条違反の可能性があります。
紹介(周旋)業務も注意
弁護士と提携して、依頼者を紹介して報酬を得るという「周旋」行為も、弁護士法27条・72条の観点から禁止されており、弁護士側も紹介を受けることが禁じられています。
サービス内容・範囲を慎重に設計する
例えば「退職意思の伝達のみを行う(勤務先への一言代行)」というような限定された範囲であれば、法律事件として扱われる可能性が低く、非弁行為該当性も下がる可能性があります。しかし、解雇・退職条件・金銭交渉・制度的対応など「紛争性・法的判断」を含む場合には、法律事務に該当しやすくリスクが高まります。
利用者向けに透明性を確保する
利用者に対して「このサービスは弁護士ではありません」「法律相談・代理を含むものではありません」という説明を明確にしておくことが、トラブル回避に有効です。
法的チェック・顧問弁護士の活用を検討する
サービスの設計段階で、弁護士に相談し「非弁行為に当たらないか」をチェックしておくのが望ましいです。企業・中小事業者としても、顧問弁護士を活用してリスクを低減する視点が重要です。
(2) 利用者(退職を考えている人)の視点
「代行=法律相談・交渉」というわけではない点に注意
退職代行を使う場合、「勤務先に退職の意思を一言伝える」だけのサービスと、「勤務先と交渉して解決金・制度調整を図る」サービスでは、サービス内容・リスクが大きく異なります。後者の場合は法律事務の領域に入る可能性があります。
紹介業者が弁護士資格を持たない場合、その実態を確認
「提携弁護士」「退職トラブル専門弁護士」などの文言があっても、実際にどこまで弁護士が関与しているか、紹介料を支払っているかなど、契約前に確認することが賢明です。
契約内容・サービス範囲・料金体系を確認する
特に「紹介料・成功報酬の有無」「どのような交渉を代行するのか」「弁護士が関与しているのか」「トラブル発生時の責任範囲」などを契約書や利用規約で確認することが望ましいです。
リスク・デメリットも理解する
万一、代行サービスが非弁行為該当と判断された場合、利用者側も交渉の正当性・効力に疑義が出る可能性があります。例えば、勤務先との和解交渉を適正な代理人が行っていなかったとして、勤務先が改めて交渉を求めてくることも想定されえます。
(3) 企業(勤務先・受け手側)の視点
代行業者とのやり取りを受ける際の慎重さ
勤務先として、退職代行業者からの通知・交渉を受けた場合、その業者が法律代理人なのか、単なる代行サービスなのかを確認することが重要です。代理権がない者との交渉は、法的には相手方の主張を正当とは認めないという場面もあり得ます。
適切な対応ルートを確保する
万一、代行業者が法律事務の範囲を超えて交渉を行っていた場合、勤務先としての対応もリスクを伴います。契約書・退職手続き・就業規則などをあらかじめ整備しておき、万一の退職局面で代行業者が介在しても対応できるように備えておくことが望ましいです。
コンプライアンス・社内ガイドラインの整備
退職代行を利用されたケースや、「代理人を名乗る退職代行業者とのやり取り」などを想定し、社内で対応フローを定めておくことが、混乱を防ぐために有効です。
5.私の考察:中小企業・サービス業の観点から
中小企業診断士として、また法務リスクを俯瞰する立場から、今回の事件についての所感を述べます。
まず、退職代行サービスというニーズ自体は社会的に確実に存在しており、特に若年労働者や非正規雇用の増加、働き方の変化(テレワーク・副業・ジョブチェンジなど)を背景に、退職手続きや勤務先とのやり取りを代行したいという動きは自然です。
しかしその一方で、「退職代行=交渉代理・法律事務処理」という方向に踏み込んでしまうと、非弁行為に抵触しうるという重大なリスクが存在している、という点を中小企業のサービス提供者・利用者双方が理解しておくべきです。特に中小・スタートアップ企業がこのようなサービスを提供しようとする場合、「法律事務に当たるかどうか」の線引きを不明確なまま進めてしまうと、事業リスクとして非常に高くなります。
たとえば、退職時の交渉・解決金・就業規則対応・勤務先との和解等までを自社サービスとしてカバーしようとしている場合、弁護士資格のない業務体制で行えば、法令違反となる可能性があります。こうしたリスクを回避するには、サービス設計時から専門家を交え、法律的な属人的チェックを入れておくことが実務上も重要です。
また、利用者側(退職を考えている個人)も、「安価に退職代行を頼めた」というだけでは安心できないということを理解しておいた方が良いでしょう。代理権のない者が交渉をしていた、ということで後から争いになるというリスクも無視できません。
企業側(勤務先)も、こうした代行サービスからの連絡を受けたときに「外部代行業者だから黙って通しておけばいい」ではなく、「この代行業者がどのような権限を持っているか」「代理人として対応すべきかどうか」を内部で事前に検討しておくことが、リスク管理上望ましいと言えます。
最後に、サービス提供者として中長期的にビジネスを考えるならば、法律事務と労務・人事代行サービスとの“境界”を明確にし、弁護士との連携モデルを構築した上で提供するというのが模範的なモデルだと考えます。たとえば、「退職意思の伝達+勤務先への問題提起」という範囲に限定し、交渉・和解を含まない構成にする、あるいは交渉を含む場合は必ず弁護士が関与・監督するモデルをとる、等です。こうすれば、非弁行為リスクを低減しつつ、サービスの価値を提供できるでしょう。
6.今後の見通しと中小企業・個人が取るべき対応
(1) 今後の見通し
この「モームリ」事件は、退職代行サービスという新しい業態における法規制との“せめぎあい”を象徴するものです。今後、労働環境の変化・副業・転職の活発化・サービス化が進むなかで、退職代行・離職支援サービス・人材支援サービスなどが卒業・転職・解雇交渉の代行を名乗る場合、より厳しく法的な線引きが問われる可能性があります。メディア報道を通じて「代理・交渉を含む退職代行に弁護士資格がない業者が関与していた疑い」という形で注目を集めており、これを契機に関連業界の整理・ガイドライン整備も始まるかもしれません。
(2) 中小企業・個人が取るべき対応
サービス提供者である中小企業・起業家の方
- 退職代行や類似サービスを立ち上げる際には、法律相談・交渉・代理業務に当たらないようサービス設計を慎重に行うこと。
- 弁護士と連携・監修を行い、「法律事務を含まない」旨を明文化した上でサービス内容を明示すること。
- 利用契約・利用規約・広告表示において「本サービスは法律相談・代理ではありません」と明確にしておくこと。
- 社内コンプライアンス体制として、法律専門家のチェックを定期的に入れること。
利用者(退職を検討している方)
- 退職代行サービスを使う場合、そのサービスが「どこまで代行を行うのか」「弁護士が関与しているのか」を確認する。
- サービス契約前に、サービス内容・料金・責任範囲・代行範囲をしっかり把握する。
- 万一、退職後に勤務先とトラブルになった場合、その交渉が適法に行われていたかどうかを意識しておく。
勤務先企業
- 外部代行サービスから退職関連の連絡を受けた場合、代行業者の権限・代理人性を慎重に確認する。
- 会社側の就業規則・退職規程を明確に定めておき、代行業者とのやり取りを想定した社内手順を整備しておく。
- 退職代行による対応を「単なる連絡代行」と捉え、法律交渉が含まれている場合には社内法務・弁護士相談の体制を活用する。
7.まとめ
今回の「モームリ」運営会社に対する報道は、退職代行サービスというビジネスモデルと、「弁護士法72条に代表される法律専門職保護規定(非弁禁止規定)」との関係を浮き彫りにしています。サービス提供側・利用者側・勤務先側それぞれが、法律リスク・運用上の留意点・制度設計をしっかりと押さえておくことが、これからの人事・労務・転職支援サービスの健全な発展につながると考えます。
私自身、企業法務・中小企業支援の両面から見ても、「サービスの境界を明らかにし、弁護士等専門家との協働体制を構築する」ことこそが、持続可能なビジネスモデルの鍵だと思っています。退職代行を含めた人的サービス業を立ち上げる際、安易に「何でも代行できます」と打ち出すのではなく、「法律事務を行わず、あくまで手続き代行・サポート代行である」という線を意識しておくことが重要です。
